2019年3月30日土曜日

スロウ・ウエスト

大人になるとは、死を認識することだろうか。

Slow West


監督:ジョン・マクリーン
出演:コディ・スミット=マクフィー
   マイケル・ファスベンダー
   ベン・メンデルソーン
   カレン・ピストリアス

あらすじ


19世紀後半。スコットランド貴族の少年ジェイは、年上の小作人の娘ローズに恋をしていた。
すると、身分違いの恋に反対した大人同士が争いとなり、ジェイの叔父が死んでしまう
お尋ね者となったローズとその父親は、アメリカに逃亡するのだが、諦めきれないジェイは、ローズを追って、一人、旅に出る
道中、北軍の軍服を着た強盗に出くわしたジェイは、偶然、賞金稼ぎのサイラスに助けられる
サイラスは、頼りないこの少年が、荒野を一人で生き抜くのは不可能だと思い、用心棒になることを提案する。

左:マイケル・ファスベンダー 右:コディ・スミット=マクフィー


感じたこと

子供の頃、父親が見ていたマカロニ・ウェスタンとは、ちょっと違う

西部劇というよりは、ファンタジー。舞台は、荒涼たる原野ではなく、どちらかというと、緑豊かな大自然であり、主人公も、ガイドブックを片手に恋人を探す少年である。

ある意味、世間知らずの貴族の少年が、アメリカ西部で生き残り、心良い賞金稼ぎと出会えただけで、奇跡だ。

少年ジェイと一匹狼の賞金稼ぎであるサイラスは、一緒に旅をする中で、心を通わせていく。

しかし、普通でないのは、変わるのがジェイではなく、サイラスだということ

そもそも、この物語は、サイラスの回想である。少年が大人に成長するというよりは、賞金稼ぎの改心のキッカケが描かれていると言えなくもない

ローズとその父親の家が、別の賞金稼ぎに襲われた時、ジェイは、現実的な方法を何も考えずに、ローズの元へ走る

死を全く恐れていないが、死を回避する術も、ローズを守る術も、何もない。ジェイは、スコットランドにいた頃の少年のまま、そこに現れてしまったのだ。

皮肉にも、ジェイは、ローズの銃弾によって死を迎える

ローズからジェイへの言葉は、愛する男への最後の言葉ではない。死の数秒前に、ジェイは、ようやく大人になれたかもしれない。

彼女には、生き延びる強い意志があった。その美しさ、その強さに、サイラスは、これからの人生を捧げるのだろう。

最後に、フラッシュバックで描かれる遺体の映像。たくさんの死(=犠牲)の上に、今の生活があるということだろうか。


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2019年3月23日土曜日

ブルージャスミン

人は、見たいものだけを見て、聞きたくないことは聞こえないのだろう。

Blue Jasmine


監督:ウディ・アレン
出演:ケイト・ブランシェット
   アレック・ボールドウィン
   サリー・ホーキンス
   ボビー・カナヴェイル

あらすじ


ジャスミンは、投資会社を経営する夫のハルと、ニューヨークの上流社会で、セレブ生活を謳歌していた。
しかしながら、夫の逮捕と共に全財産を失い、サンフランシスコで暮らす妹のジンジャーのアパートに、身を寄せることになる。
上流社会から転落した無知なジャスミンは、庶民の生活に戻ることもできずに、精神的に追い込まれていく
そんなある日、パーティで外交官のドワイトと出会い、互いに好意を持つ。上流社会に戻るため、ジャスミンは、過去を隠し、嘘をついてまで交際を始めるのだが

左:ケイト・ブランシェット 右:アレック・ボールドウィン


感じたこと

この映画は、現代のニューヨークとサンフランシスコを舞台にしているが、音楽、ファッションだけでなく、女性に対する価値感やイメージさえも、ノスタルジックに描いている

つまり、主人公のジャスミンとその妹のジンジャーは、男性に依存しなければ生きていけない、過去の女性なのだ。


登場する主な人物は、ほぼ全員、強い被害者意識を持っている。

例えば、ジンジャーの元夫オーギーは、宝くじで当たった大金を、ハルに騙し取られたと思っている。

人生で、唯一、巡ってきたチャンスを逃した恨みは消えない

しかし、苦労して貯めた金ではないし、残念ながら、儲け話に乗った方が悪いと言えなくもない

要するに、誰にでも、多少は経験のある話で、その悲哀は共感できるが、改めて、同情するほどの話でもない

それは、ヒロインであるジャスミンも同じだ。

華やかな上流社会での暮らしを続けるために、夫の不正にも、浮気にも、気付かないふりをしていた

つまり彼女は、被害者であると同時に、加害者でもあるわけだ。

ただ、ジャスミンの心が、少しずつ壊れていくのが、切ないのはなぜだろう。

過去と現実の区別がなくなり、独り言を繰り返す彼女を、自業自得と割り切れないのは、なぜだろう。

もしかするとジャスミンは、夫のハルを、本当に愛していたのではないだろうか。

なぜなら、サンフランシスコでのどん底の暮らしの中でさえ、ハルを悪く言うことが、一度もないのだから。


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2019年3月9日土曜日

マシニスト

罪の意識がない人にも、罰って効果があるのだろうか。

The Machinist


監督:ブラッド・アンダーソン
出演:クリスチャン・ベール
   ジェニファー・ジェイソン・リー
   アイタナ・サンチェス=ギヨン

あらすじ


機械工のトレバーは、1年前から不眠症に悩まされていて、今では、病的にやせ細っている。
そのため、上司には、薬物の使用を疑われるほどであった。
眠れぬ夜の彼の心の拠り所は、娼婦のスティービーとコーヒーショップのウェイトレス、マリア。
そんなある日、一人、工場の駐車場で休憩を取り、ようやく眠りに誘われた時、それを邪魔するように、アイバンという奇妙な男が現れる。
アイバンの出現をキッカケに、周囲で不可解な出来事が連続するようになり、トレバーは、次第に追い込まれていく。
果たして、それらは現実なのか、それとも幻想なのか…

中央:クリスチャン・ベール

感じたこと


この映画は、心と体を別のものと考える二元論とは、反対の立場に立っていると考えられる

主人公のトレバーは、過去の出来事を忘れるために、不眠症となり、極度に体重が減少するという肉体的な代償を払うのだ。

クリスチャン・ベールの完璧な役作りに圧倒され、トレバーの悲劇的な面だけが強調されてしまうが、本当の被害者は、事故死したであろう少年であり、その母親だ。

事故を起こす前のトレバーを想像してみよう。

・眠れない夜に、自宅で読んでいるのは、ドストエフスキーの『白痴』。

・自分の責任で片腕を失った同僚が、自分を陥れようとしているという被害者意識。

・自身を支える、同じく孤独な娼婦スティービーを罵る、自分勝手で傲慢な態度。

・理想のウェイトレスと淡い恋に落ちるという想像。(つまり、少年の母親から、”許し”を得られるという勝手な解釈。)

罪悪感に苦しみ、眠れない夜を過ごしていても、一概に、彼を善良な人だと言うことはできない

しかしながら、多少、自己愛が強くとも、罪悪感を回避するために、反社会的にもなりきれずに不眠症に苦しむ彼を、誰が責めることができるだろうか。

アイバンに促されて自首したトレバーは、留置場で、ようやく深い眠りにつくことができる。

ただ、彼の本当の”償い”は、目覚めた後に始まるのだ。


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